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中西環江さんお別れ会 2014年2月27日開催 [お別れ会]

1月29日に永眠された中西環江さんの「お別れ会」を2月27日にTANGOスエニョス主催で 開催。たくさんの方に見送られて、心温まる会となりました。
ご参集いただいた皆様に心より御礼申し上げます。
タンゴ界に多大な功績を残した環江さんの素晴らしさを改めて感じました。
中西さんを失った悲しみは、はかりしれませんが、彼女が残した数々の偉業は、確実に日本のタンゴ界...そして世界のタンゴ関係者の中に永遠に生き続けることでしょう。


祭壇6.png

たくさんのお花に囲まれて。微笑んでいるショツトをラベルにしたワインも添えられて





当日の式次第は下記の通り取り行い、その後、感謝と哀悼を込めてスエニョス楽団がアンコール曲を含めて11曲演奏しました。

 ■中西環江江さんお別れ会」式次第
1. 開会の辞         橋本 真知子

1. 黙 祷

1. 哀悼の言葉
  
   黒木 皆夫       TANGO スエニョス会長
                 スエニョス楽団主宰

   木村 義雄        中南米音楽元社員

   千葉 洋子        中西スタジオスペイン語講師

1. 献 杯  
    飯塚 久夫       友人代表(日本タンゴアカデミー会長)                    
                                 

1 お礼の言葉
   藪崎 礼子       親族代表


 ■スエニョス楽団演奏曲
   
1.バイア・ブランカ   (アルゼンチン南部の地名) 
2.レクエルド    想い出   
3.センティミエント・ガウチョ   ガウチョの嘆き
4.夢去りぬ
5.エン・スエニョ  -Vals-    夢の中で          
6.アスタ・シエンプレ・アモール   永遠に別れを
        歌 ユリ・アスナ
7.ラ・クンパルシータ    カーニバルの行列
8.タンゲーラ       タンゴの好きなお嬢さん
9.プレガリア    祈り
10.ヌンカ     決して
11.水色のワルツ

スエニョス演奏.png













2つの本.png

中南米音楽から刊行された「中南米音楽」と「タンゴ名曲事典」。ともにタンゴの宝ともいえる貴重な資料がびっしり詰まっています。「タンゴ名曲事典」は894曲の名曲・名演を徹底的に調べあげて要点をずばり解説した座右の書です。「中南米音楽」、「タンゴ名曲事典」とも絶版。


■中西義郎・環江夫妻が招聘に関わった主な中南米アーティスト
オスバルド・プグリエーセ楽団  1965年  歌手 ホルヘ・マシエル
ファン・カンバレリ四重奏  1969年
ホセ・バッソ楽団  1970年  歌手 アルフレッド・ベルーシ、カルロス・ロッシ
エクトル・バレーラ楽団  1971年  歌手 アルベルト・マリーノ
クリスティナーとウーゴ  1972年 
グラシエラ・スサーナ  1972年
フロリンド・サッソーネ楽団  1972年  歌手 ルシアーノ・ビアンコ  ダンス グローリアとエドゥアルド
ダリエンソ楽団  1972年  歌手 アルベロト・エチャグエ                           
フランチーニ=ポンティエル楽団  1973年  歌手 アルバ・ソリス
カルロス・ガルシアとタンゴ・オールスターズ  1974年
メルセデス・ソーサ  1975年
オラシオ・サルガン 1981年
オルランド・トリポディ楽団  1981年
セステート・タンゴ  1989年
※資料提供 飯塚久夫氏(日本タンゴ・アカデミー会長)


中西環江さん  
  1931年東京生まれ。元中南米音楽社長。現在の「ラティーナ」誌の前進である「中南米音楽」誌の刊行や中南米アーティストの日本招聘の実務をご主人の義郎氏と共に携わり、日本の中南米音楽及びタンゴ界の発展に大きく貢献されました。1965年にオスバルド・プグリエーセ楽団の全国ツアーを実現し、1970年には「民音タンゴシリーズ」のスタートに関わり、第1回目はホセ・バッソ楽団を招聘。レコードの輸入もてがけ、まだ若かった現存する愛好家は、ほとんど何らかの形で環江さんにお世話になったかと思われます。海外アーティストからも「セニョーラ」と呼ばれ、とても愛されていました。ご主人亡きあとは、後進の方に道をり、自らタンゴを楽しむためにも、「TANGOスエニョス」、「SUIYOKAIレコードコンサート」、「スエニョス楽団」の後ろ盾となり、会の運営に情熱を注がれました。
中西環江さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。


 


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